【ストーリー】開業物語〜経営理念ができるまで〜
【ストーリー】開業物語〜経営理念ができるまで〜
大学卒業後に初めて就職したのは
大阪に本社を置くビルマネジメント会社だった。

配属されたのは人事部人事課。

大量の個人情報に数字だらけのPC画面、
これらと向き合うのが私の業務だ。

最初の1ヵ月こそ
『まぁ、こんなものだろう』
と社会人生活を送っていたものの、

3ヵ月を経過した頃から
次第にある感情が生まれてきた。

『毎日8時間、1日の1/3以上の時間、
 これからずっとこの仕事を続けていくのか…』

『仕事が楽しくないと人生も楽しくなくなる…』

入社して半年を過ぎる頃には
このモヤモヤとした感情は
さらに大きくなっていた。

実際、この頃は
会社に行くことに気が進まないだけでなく、
土日ですら外出する気になれない状態だった。

そして…


― 入社してわずか9ヵ月で退職


私の社会人デビューは
自分の未熟さゆえに苦い思い出となった。

それでも、退職後すぐに転職先が見つかったのは
家族を含めた周囲の協力と転職先代表の寛容さ、
そして運が良かったとしか言いようがない。

しかも、次は「社会保険労務士」という
名前からして何とも楽しそうな仕事だ。

仕事による人生の挫折を味わった私にとって、
『楽しそうな仕事』というのは
仕事選びの重要な基準になっていた。


― 転職先の社労士事務所にて


新しい仕事、新しい環境、新しい出会い…

転職直後は全てがうまくいった。

私は、仕事のやりがいと共に、
土日は買い物や旅行に出かけるなど
人生の楽しさも取り戻せた気でいた。

しかし、この新しい職場でも5年を経過した頃、
またもやある感情が湧いてきたのである。

「何か物足りない…」

当時の私は、
与えられた仕事はそつなくこなすことができ、
先輩や後輩との関係も良好だった。

…にもかかわらずだ。

『楽しい仕事なんて存在しないのか?』

私の中には、疑問と諦めの感情が渦巻いていた。

そんな時、ある事件が起きる。


― 予想外の事態


「私だって悩んでます!!」

電話口で泣き出す女性。

私が新たに担当になった企業の経営者である。

経緯はこうだ。

職場での長時間労働に端を発し、

・離職者が多いのはなぜか?

・なぜ給料がこんなに低いのか?

・これからどう改善していくつもりなのか?

などについて
社員から一斉に質問攻めにあったらしい。

そこで私が何気なく投げかけた質問が
予想外の事態を招くことになる。

「実際のところ、社長はこれから
 どうしていきたいと思われているんですか?」

・・・

・・・

「私だって悩んでます!!」

突如大きくなった声量に私は唖然とした。

そして、こうも続いた。

「事業を始めたばかりの頃は楽しかった。
 あれもやってみたい、これもやってみたい、
 想像するだけでいつもワクワクしていた。
 でも最近は支払いに追われ、社員に責められ、
 楽しいどころかつらいことばっかり…」

私は電話から聞こえてくる声に耳を傾けながらも
いつの間にか自分の現状を重ね合わせていた。

『確かに仕事を始めたばかりの時は楽しかった。
 できないことも多くて怒られることもあった、
 それでも今よりずっと毎日が充実していた…』

・・・

あの時あって、今ないものは何か?

・・・


ー いつのまにか忘れていたもの


ひとつだけ思い当たるものが浮かんできた。

「ワクワクする目標」

である。

人によっては「未来や夢、理想」という
言葉の方がピンとくるかもしれない。

仕事を始めた当時、私は確かに
これから先の未来にいつも心を躍らせていた。

また、そこに向かうための明確な目標があった。

しかし、いつの間にか意識しなくなった。

そして忘れていった。

今、電話口で涙を流している社長もそうだ。

かつてはワクワクする未来を
思い描いていたに違いない。

それなのに、慌ただしい日々に追われいる内に
未来を描けなくなってしまっている。

トップが明るい未来を示せない職場で、
果たして社員は仕事を楽しめるだろうか…


ー そして理念へ


私はずっと大きな勘違いをしていた。

元々、『楽しい仕事』が存在するわけではない。

『ワクワクする未来や目標』を持つことで
目の前の仕事が楽しいものに“変わる”のだ。

そう気づいたとき、
長年の悩みから解放されるとともに

「未来を描けなくなった
   社長や職場の力になりたい!」

「ワクワクする未来や目標で
   溢れる社会を作りたい!」

という想いが沸々と湧いてきた。


そして2016年8月、

『労使ともに人生が豊かになる職場を増やす』

という理念を実現すべく新たな挑戦を始める。


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